今回は菅田将暉×桐谷健太の『浅草キッド』の歌詞の意味を解釈していきたいと思います。
この楽曲は二人が主演する映画『火花』の主題歌となっており、ビートたけしさんが作詞・作曲、自身も歌唱した名曲です。
そんな『浅草キッド』はどのような曲なのでしょうか。
菅田将暉×桐谷健太「浅草キッド」はどんな曲?
『浅草キッド』はビートたけしさんが作詞・作曲しています。
たけしさん自身が作詞を担当しており、浅草のフランス座で芸人修行をしていた下積み時代の事を回想して描いたものとなっているそうです。
映画『火花』の主題歌となっていて、主演を務める菅田将暉さん・桐谷健太さんが歌唱を務めています。
ちなみに、菅田将暉さんと桐谷健太さんが歌う「浅草キッド」のMVは、GYAOで見ることができます。
まだ見たことがない方は、ぜひ一度見てみてください☆彡
映画『火花』とは?
映画『火花』は、ピース又吉さんの同名小説を映画化した作品です。
監督は、こちらも芸人の板尾創路さんが務めています。
破天荒な芸風の芸人・神谷と、神谷を慕い弟子入りを志願する徳永の二人の芸人の姿を描いています。
菅田将暉×桐谷健太「浅草キッド」歌詞の意味を解釈
そんな『浅草キッド』の歌詞はどのような内容なのでしょうか。
ビートたけしさんの下積み時代と合わせて見ていきましょう。
お前と会った 仲見世の
煮込みしかない くじら屋で
夢を語った チューハイの
泡にはじけた 約束は
灯の消えた 浅草の
こたつ1つのアパートで引用:作詞作曲/ビートたけし
ここでの「お前」とは、たけしさんが最初にコンビを組んだ春木さん、通称ハーキーさんのことです。
仲見世とは、東京浅草の雷門から宝蔵門に至る浅草寺参道の商店街のこと。
つまりこの部分は、たけしさんが芸人になろうと思いたち、浅草で相方と出会った、というシーンを描いています。
煮込み料理しかない質素なお店で、チューハイ片手に、二人で夢を語りました。
この部分では貧しい下積み時代を描きます。
お金がなく、豊かな生活ではありませんでしたが、大きな夢を持っていました。
そんな夢も、あのとき飲んでいたチューハイの泡のように儚くしゅわしゅわと消えていきました。
同じ背広を 始めて買って
同じ形の 蝶タイ作り
同じ靴まで 買う金はなく
いつも笑いの ネタにした
いつかうれると 信じてた
客が2人の 演芸場で引用:作詞作曲/ビートたけし
コンビを結成した二人は、揃いの背広を新調して舞台に立ちます。
二人の中の良さがうかがえますね。
しかし靴まで買うお金の余裕がなく、足元はちぐはぐです。
売れたら靴も揃いにしよう、とまた夢を語り合います。
お客が全くといっていいほどいない客席を前に、無謀な夢を信じていました。
夢をたくした100円を
投げて真面目に拝んでる
顔にうかんだ おさなごの
むくな心に またほれて引用:作詞作曲/ビートたけし
あまりに上手くいかない毎日に、コインを投げて運試しするほどです。
後半2行は少し意味が取りにくいですね。
「顔にうかんだおさなご」とは、自分の子供か、年の離れた兄弟か、はたまた自分自身の幼少期を思い浮かべているのか、というふうに考えられます。
その無垢な心に”惚れる”というのです。
この部分では、幼い子の純真な心を思い出すことで、また気持ちを新たに芸に没頭しようという思いか込められているのではないかと思います。
1人たずねた アパートで
グラスかたむけ 懐かしむ
そんな時代もあったねと
笑う背中が ゆれている
夢はすてたと 言わないで
他にあてなき 2人なのに夢はすてたと 言わないで
他に道なき 2人なのに引用:作詞作曲/ビートたけし
そんなふうに夢を描いていたコンビですが、ある日相方のハーキーさんが病気になり、入院してしまいます。
病室に見舞いに来たたけしさんに向かい、ハーキーさんはまさにこの歌詞のように「夢はすてた」と言ったそうです。
「他に当てなんてないのに」と繰り返す歌詞に、夢がついえた切なさが込められています。
菅田将暉×桐谷健太「浅草キッド」歌詞の意味を解釈 まとめ
『浅草キッド』は、作詞を担当したビートたけしさんの下積み時代のストーリーが描かれています。
下積み時代はお金もなく、貧乏な暮らしで、それでも夢を語りあい、コンビとして売れることを信じてました。
しかし、コンビは解散することになります。
相方の「夢はすてた」という言葉は、二人で売れるという夢が儚く散ったことを意味します。
二人ばらばらで、これからどうしていけばいいのだろう、と切ない思いが零れます。
現在はお笑い界の大御所のビートたけしさんですが、忘れられない夢があったようです。



