欅坂46「月曜日の朝、スカートを切られた」歌詞の意味は? 

2016年(サイレントマジョリティー)、2017年(不協和音)と2年連続で紅白に出場している『欅坂46』。

2018年(ガラスを割れ)も紅白出場が決定しており、『欅坂46』は最も勢いのある女性アイドルグループの一つといえるでしょう。

今回はそんな『欅坂46』の中から、刺激的なタイトルが話題にもなった月曜日の朝、スカートを切られた』の歌詞意味について、考察していきます。

欅坂46「月曜日の朝、スカートを切られた」の初披露は「音楽の日」?

2017年7月19日にリリースされた、1stアルバム『真っ白なものは汚したくなる』に収録されている『月曜日の朝、スカートを切られた』。

しかし地上波においては、リリース日よりも一足先に公開されており、2017年7月15日に放送された「音楽の日」でのパフォーマンスが初披露となりました。

また、youtube公式チャンネルにアップされている月曜日の朝、スカートを切られた』の動画が、1,000万回近くも再生されており、アルバム『真っ白なものは汚したくなる』の初週売り上げが27万枚を超えていることから、『欅坂46』や『月曜日の朝、スカートを切られた』の高い人気が分かりますね!

「月曜日の朝、スカートを切られた」歌詞の意味は?

月曜日の朝、スカートを切られた』というキャッチーで刺激的なタイトル、そして歌詞には、どんな意味が込められているのでしょうか。

早速見ていきましょう!

 

『冒頭は、学校へ行くことの意味を問い、現実よりもネット社会の方が信じられると、表現した部分。』

 

あらゆる人が強制参加させられる義務教育。

しかし、そこで教えられる知識が正しいとは限りません。

むしろ学校は、わざと間違ったことを教えている可能性すらあります。

それならばインターネットを活用し、自分たちで知識を入手する方がいいですよね。

間違ったことを教えているくせに、どうして学校に行かなくてはならないんだ、という主人公の主張が感じられます。

 

友達づくり、健康活動への強制、上辺だけの学校生活を皮肉を込めて表現しています。

 

生徒が敬う対象である先生。

こうするべきだと断定的に生徒へ指導しますが、恐らくは先生たちも、かつて同じように教えられてきたのでしょう。

しかし、先生たちは幸せなのでしょうか、子供の頃に受けてきた教育で、彼らは幸福を手に入れることができたのでしょうか。

心から笑っていない教師を見ると、その教育では幸せを掴めないと考える生徒もいるでしょう。

主人公が、教師に対して否定的な感情を抱いていることが分かりますね。

 

葛藤と戦いながら、自己暗示にかける・・。憂鬱な気持ちが表現されています。

 

学校・先生には否定的ですが、じゃあどうしたいのか、といわれると、返答に困ってしまいます。

燃えたぎる情熱があるわけでもなく、他の人よりも少し反抗的なだけの主人公。

社会に出ると嘘で溢れているのだから、大人になるためには、学校・先生らによる嘘を受け入れる必要があります。

嘘に慣れたくない、しかし嘘に抗う理由が見つからない、という主人公の葛藤がうかがえますね。

 

「切られる」という比喩に、何が込められているのか・・・。

 

しかし、例え学校・先生に反発して嘘を拒んでも、他の代償を払う必要があります。

例えば、嘘を受け入れるという多数派のグループからは除外されるはずなので、周囲からの風当たりが強くなることが予想されますね。

このように全ての人間が、嘘を受け入れるor拒むことに限らす、何らかの選択をすることで得るモノもあれば失うモノもあるはずです。

 

 

「切られたスカート」は何を意味するのでしょうか?

自分自身の孤独と、社会への問いかけ。

 

その失ったモノには、日々の快適さ=ストレスがたまる、も該当するでしょう。

毎日の仕事によりストレスがたまっていき、それを解消しようと誰かのスカートを切る。

この行為には、ストレスを解消する目的だけでなく、もう一つの狙いが込められていると推測できます。

切る対象がスカートであることから、スカート⇒制服⇒学校と連想することが可能で、学校・社会への不満が発露した行動といえるでしょう。

スカートを切った名も知らぬ人は、嘘を受け入れて大人になったが、現状に苦しんでいるのだとも推測できますね。

 

蓄積されたストレス&現状への不満。

 

これらが、スカートを切るという犯罪行為を大人にさせますが、主人公は助けを求めたり、止めて欲しいと嘆願したりする気はなさそうです。

しかし主人公が嘘を受け入れた=大人になったと解釈するのは、何か違う気がします。

悲鳴を上げるという行為は、恐らく社会が想定している出来事の一つであり、その手のひらで遊ばれているだけで、結局は社会へ抗うことにならないのではないでしょうか。

悲鳴を上げるよりも有効な抗い方があるのかは不明です。

しかし主人公はそれを探し求めて、これからも生きていくのではないでしょうか。

「月曜日の朝、スカートを切られた」歌詞の意味は? まとめ

いかがだったでしょうか。

学校、社会が振りかざす権力(嘘)に反発・嫌悪する、現代の若者の感情を表した楽曲となっていましたね。

スカートを切るような大人にならないために、これから主人公はどんな風に生きていくのか、といった想像も膨らみます。

以上、欅坂46月曜日の朝、スカートを切られた』の歌詞の考察でした!

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