今回は、あいみょんの「漂白」の歌詞の意味について、解釈・考察してみたいと思います。
この曲は あいみょん のアルバム「青春のエキサイトメント」に収録されている曲で、映画『恋愛奇譚集』の主題歌として あいみょん 自ら書き下ろした楽曲 。
(※読み方は「れんあいきたんしゅう」です。)
歌詞の内容も、映画の主人公の心情に寄り添う内容になっていて、とても心が温かくなる歌詞になっています。
果たして歌詞にはどんな想いが込められているのでしょうか?
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あいみょん「漂白」はどんな曲?
「漂白」は映画『恋愛奇譚集』の主題歌として書き下ろされた楽曲。
2017年9月に発売されたアルバム「青春のエキサイトメント」に収録されています。
映画のダイジェストにもなっているミュージックビデオ(PV)は、歌詞の世界観に より入り込みやすい映像になっています。
このダイジェストを見ただけで 涙がこみ上げてくるほど、心にストレートに響く作品ですね。
映画『恋愛奇譚集』とは?
『恋愛奇譚集』は、福島県天栄村を舞台に、台湾からの留学生ユーウェンが少女の幽霊ユリと出会う物語。
ユーウェンは、ユリの心残りのために秘密の作戦を決する。
台湾からの留学生を主人公にし、美しい自然や田園風景などが広がる福島県天栄村を舞台にした切ない恋愛映画『です。
あいみょん「漂白」歌詞の意味を考察
「漂白」の歌詞は映画のストーリーに絡む部分もありますが、今回は歌詞そのもの世界観についても考察していきたいと思います。
恋愛奇譚集は台湾から留学した少女と、彼女にしか見えない女性の絆を中心に繰り広げられる、恋愛群青映画です。
そんな映画の主題歌「漂白」というタイトルや歌詞にはどのような意味が込められているのでしょうか
あいみょん「漂白」Aメロ/歌詞の意味
10代のうちに人を何人愛せるかな
私は今日も何かを求めてる引用:「漂白」作詞作曲/あいみょん
10代の頃の恋愛ってまだ考え方が甘かったり、本当の「愛」というのは理解できていないことが多いもの。
でも、全力で人を好きになって打算的でないのも10代の頃の恋愛だったりします。
「私」は人を愛することができるのだろうか?
本当の愛を感じる恋愛ができるのだろうか・・。
そんな葛藤を感じますね。
従来のようにシミひとつ残さずに
白く白く洗い流す
心を優しい泡で洗い流す引用:「漂白」作詞作曲/あいみょん
「10代」と「従来」という響きから、言葉遊びで表現した部分。
10代の頃の価値観はまだ変に染まっていない真っ白な布。
『優しい泡』というのは、いくつになっても「従来の真っ白なもの」に戻せる、清らかな想い出のことでしょうか。
あいみょん「漂白」Aメロ②/歌詞の意味
あの人は今もあの子を忘れられず
白いお花を川に添える引用:「漂白」作詞作曲/あいみょん
あの人 というのは『私』の中に登場する人物の一人。
好きな人かどうかはわかりませんが、大事な人ではあるのでしょう。
そんな あの人 にも忘れられない『あの子』がいます。
白いお花を川に添えるのは、きっと『あの子』にはもう会えないからなのだと思います。
小さな嘘で誰かを傷つけたり
人は必ず後悔する
それでも恋をしたいと思う引用:「漂白」作詞作曲/あいみょん
恋愛をしていると、「嘘をついて傷つけてしまうこと」も、「傷つけられてしまうこと」も誰しもがあるのではないでしょうか?
しかしその『嘘』は、相手を傷つけないようにするための嘘だったかもしれませんし、
自分が傷つかないようにするための嘘だったのかもしれません。
その度に「あんなことを言わなければよかった」と後悔することも多々あります。
決して綺麗なことばかりではないけど、それでも人はまた人を好きになる。
恋をするということは、そんな自然な気持ちなのだということが伝わってきます。
あいみょん「漂白」Bメロ/歌詞の意味
好きになって 嫌いになったり
ヤキモチ焼いたり キスしたり
この街で少し愛することを覚えた引用:「漂白」作詞作曲/あいみょん
人を好きになるということは、必ずしも自分の思い通りにいきません。
好きになっても辛すぎて「いっそのこと嫌いになりたい」という感情から「嫌いになったつもり」になってみたり。
相手にも大事な人がいて、自分ではなく別の誰かを見ているとヤキモチを焼きたくもなります。
そして、そんな自分が嫌になることもあると思います。
でも、キスをした時のドキドキはそれにも勝ったり・・。
好きになれなかった街で、少しだけ本当の「愛」を知った。
そんなシンプルな感情が、この歌詞から伺えます。
あいみょん「漂白」サビ/歌詞の意味
また会いにきてね
馬鹿馬鹿しいほどに私は恋をしていたわ
消えないでいてね
まだまだ知りたいことがあります引用:「漂白」作詞作曲/あいみょん
『私』の大事な人は、恋する相手だけではなかったのかと推測します。
恋愛だったり友情だったり、この世の人ではなかったかもしれません。
でも、大事な人には変わりないのです。
そんな大事な人にまた会いたい。
馬鹿馬鹿しいと思っていた「恋」を自分もしたことで、色々と話したいこともたくさんできた。
まだまだ教えて欲しいこともあるからまた会いたい。
そんな切ない想いが伝わってきますね。
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