『Character/キャラクター』歌詞の意味は?(ずっと真夜中でいいのに)ACAね×Rin音

ACAね×Rin音『Character』歌詞の意味は?

今回は、「ずっと真夜中でいいのに。」のボーカル”ACAね”と、”Rin音”によるコラボ楽曲『Character(キャラクター)』の歌詞の意味について、考察・解釈をしていきたいと思います。

この曲は、2021年6月11日に公開された映画「キャラクター」の主題歌として書き下ろされた楽曲。

若い才能たちが作り上げた本楽曲に込められたメッセージとは、一体どんなものなのでしょうか。

 

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「Character(キャラクター)」はどんな曲?

『Character』
(ずっと真夜中でいいのに)ACAね×Rin音

ジキルがハイド俺がお前をtrace
飲み込まれないようにレース制すべく制す
アイデンティティが唯一我を保つプロセス
なら記憶の奥の方までたどるメス

who am I 統制されるナンバーと脳
この日の国に太陽が沈む頃
少しずつ薄れていく影
内面の嘘に気づきかけてしまう

背後に隠れた魔
痛み隠して何を思うか
朱に交わらぬ主観
我がものにして上がる口元
いいぜ好きにやりな ブレる価値観
優しさと狂気の狭間にある
底の見えぬ闇の中に埋もれてく

キスに逃げて 温い永遠は怖い
母はきっと喜ぶし 暖かい構造 総Hi中止

このギリな人情 生きてる君の
正直なくらい危ない 真面目がほしい
隠した上等 血走った重い通りを
ぶつけられたとて 悪足掻きと合掌

さんざめく群れ 東京の逃避行
失って消えるこれからも
灰に変わる君という君を
明日に残すこのポートフォリオ
どうぞよろしくと神は脱帽
2つ名を飛び回るパスポート
大当たり feel like a jackpot
運命が交差するジャンクション

1894 死神と世に隠れワルツ踊るモルモット
手には塩 見えないghost 己を失した代償
今は触れる揺れるができないでいる
常に今日に情を持って生きている

キスで止めて 温い永遠は怖い
母はきっと喜ぶし 月日は同情 総円満に

このギリな人情 生きてる君の
正直なくらい危ない 真面目がほしい
隠した上等 血走った重い通りを
ぶつけられたとて 悪足掻きと合掌

手におえぬ痛みの中で 自我を保ってる
生々しい 僕がほしい
誰だってゼロからの成長業務
自由な解体 変わったんじゃない隠してた
内心は分かってるくせして
まだ手は震えるいつかの行方
後ろ回す前に態度をコピって前に倣え
右も左も分からないまま愛を探した

親も子も二人も 何にも嘘はないけれど
誰にも引き出せない 僕を通わせてく
沿う 汗ばんだ夏が僕へと再生する
ただいま

この義理な心情 生きてる君の
正直なくらい危ない 真面目がほしい
格下上等 血走った思い通りを
ぶつけられたとて 悪足掻きと合掌

引用:ACAね × Rin音「Character」歌詞より

本楽曲「Character」は、音楽ユニット「ずっと真夜中でいいのに」のボーカル「ACAね」と、ラッパー「Rin音」、「TOKA」の音楽プロデューサー「Yaffle」という新世代を代表するアーティストたちによるコラボ楽曲です。

「ACAね」の透き通るような歌声と、「Rin音」の気持ちよく踏まれるライム(韻)が、ぶつかり合いながらも見事に調和しており、聞き直す度に新しい発見と好きになるポイントが増えていきます。

また、本楽曲はオリジナル映画「キャラクター」の主題歌として書き下ろされており、非常に力の入った楽曲となっています。

映画「キャラクター」とは?

 

映画『キャラクター』とは、「20世紀少年」「MASTERキートン」をはじめ、浦沢直樹作品を数多く手掛けてきたストーリー共同制作者・長崎尚志氏が、

もしも売れない漫画家が殺人犯の顔を見てしまったら? しかも、その顔を“キャラクター”化して漫画を描いて売れてしまったとしたら――

というアイデアを基軸に、10年をかけて練り上げた完全オリジナルストーリーです。

ーあらすじー

お人よしで優しいが故に悪人が描けない悩みを持つ漫画家「山城圭吾」(菅田将暉)は、スケッチに向かった先で殺人のやり方にこだわりを持つ殺人鬼「両角」(Fukase)による一家殺人の現場に遭遇してしまう。

その殺人鬼をモデルに「山城」が漫画を描き大ヒットし、一躍人気漫画家の仲間入りを果たす。

順風満帆に思われたが、漫画に出てくる事件と全く同じ事件が現実でも起こり始め、「山城」は「両角」と再会する。

「Character」歌詞の意味とは?|ACAね×Rin音

 

本楽曲「Character」は、歌詞同士のつながりが希薄で考察の難しい曲です。

 

ただ、映画の主題歌として書き下ろされたものであるため、まだ視聴前のため推測でしかありませんが、物語の内容に深くリンクしているものと考えられます。

 

映画の予告や公式サイトのイントロダクションを読む限りテーマとして「自分は何者か」を掲げており、この楽曲も同テーマに焦点を当てて作詞されたものだと考えられます。

 

そのため、今回の考察では「自分は何者か」を主軸に考察を進めていこうと思います。「Character」歌詞の意味

悪意への気づき|1番:「Character」歌詞の意味

ジキルがハイド俺がお前をtrace
飲み込まれないようにレース制すべく制す
アイデンティティが唯一我を保つプロセス
なら記憶の奥の方までたどるメス
who am I 統制されるナンバーと脳
この日の国に太陽が沈む頃
少しずつ薄れていく影
内面の嘘に気づきかけてしまう

引用:ACAね × Rin音「Character」歌詞より

1番は全体を通して、映画の主人公「山城」のような優しさと思いやりに溢れた人間の葛藤を描いていると解釈します。

 

以下、文章の読みやすさを考慮して、映画内のキャラクター像とずれるかもしれませんが…

  • 「山城のような優しい人間」=「山城」
  • 「両角のような異常者」=「両角」

と表記することにします。

 

始まりの歌詞「ジキルがハイド」は、イギリスの有名な怪奇小説のタイトルから来ており、皆さんが知るように「二重人格」の慣用句として使われています。

 

続く「俺がお前をtrace」から先の歌詞では、「山城」が「両角」と出会い自らの中の悪い感情に気づき始める過程を表現しています。

 

「アイデンティティ」は「山城」の優しさを、「統制されるナンバーと脳」は生まれ始めた悪意を理性で抑えようとする様子を示しています。

 

「少しずつ薄れていく影」は太陽が沈み始めると今までハッキリとしていた影の境界線がぼやけていき最後には真っ暗になる様子を、「内面の嘘」は悪意なんてないと自分自身に言い聞かせている様子を示していると考察します。

 

まとめると、「ハイド」のような心に追い詰められないように「ジキル」としての自分のアイデンティティを守ろうと、自らの「脳」を理性で制御しようとするが…

 

太陽が沈み足元の「影」が少しずつ広がっていくように、隠そうとしても自分の中に確かに悪意があることに気づき始めてしまう、といったところでしょうか。

 

背後に隠れた魔 痛み隠して何を思うか
朱に交わらぬ主観
我がものにして上がる口元
いいぜ好きにやりな ブレる価値観
優しさと狂気の狭間にある
底の見えぬ闇の中に埋もれてく

引用:ACAね × Rin音「Character」歌詞より

 

続く歌詞では「山城」が少しずつ悪意に飲まれていく様子が描写されています。

 

「背後に隠れた魔 痛み隠して何を思うか」は、悪意を無理やり隠す苦しさに対して良いと思うか悪いと思うかを問いています。

 

「朱に交わらぬ主観」は他人や環境によって左右されない絶対的なアイデンティティを指しており、ここでは隠そうとしても滲み出てくる悪意のことを言っています。

 

「優しさと狂気の狭間にある」から先の歌詞では、元から持つ優しさと「両角」から感じ取った狂気の間に生まれた未熟な悪意に惹きつけられていく「山城」の様子を描写していると考察しています。

 

まとめると、「山城」は「痛み」を伴うほど無理に悪意を隠すことに違和感を覚え、どんな状況でも心の中に存在する悪意を遂に自分のものにします。

 

そして思うままに振る舞い、「山城」は「優しさと狂気の間」に生まれた悪意の魅力にどんどんハマっていくのです。

 

キスに逃げて 温い永遠は怖い
母はきっと喜ぶし 暖かい構造 総Hi中止

引用:ACAね × Rin音「Character」歌詞より

 

ここでは、悪意にのめり込んでいった「山城」がこのままでいいのか迷う様子が描写されています。

 

ここで言う「キス」は「愛情や思いやり」といった善意のことを言っており、「温い永遠」はそんな愛情や思いやりに溢れた生活をずっと続けてきたことを指しているようです。

 

そんな生活に戻ることを「山城」は「怖い」と言い切っています。

 

次の「母」という言葉が、この曲の中ではひときわ難解ですが、「母」の言葉の意味を調べると、

物事を生み出す根源。「母なる大地」「必要は発明の母」

引用:goo国語辞書 https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%AF%8D_%28%E3%81%AF%E3%81%AF%29/

 

とあり、元の「山城」の人格=「優しさと思いやり」を生み出した根源(善意)のことを指していると解釈します。

 

まとめると、悪意の魅力にハマった「山城」は、愛情や思いやりに溢れた生活に戻ることはもう考えられない状態になっています。

 

しかし、そうした生活に戻れば善意に満ちた「暖かい」環境を得られるのだろうか(母はきっと喜ぶ)と少し後ろ髪を引かれた「山城」は、すぐにその思考を「中止」させます。

 

なぜなら、今の悪意に飲まれた生活のほうが刺激的で離れがたいものだからです。

 

悪意への憧れ|サビ①:「Character」歌詞の意味

このギリな人情 生きてる君の
正直なくらい危ない 真面目がほしい
隠した上等 血走った重い通りを
ぶつけられたとて 悪足掻きと合掌

引用:ACAね × Rin音「Character」歌詞より

サビは1~3番全て同じ内容で繰り返されているため、この曲の肝となる部分です。

 

それぞれの内容は同じでも、文脈的に意味合いが変わっています。

 

このサビでは、悪意の魅力に取りつかれて行動がエスカレートしていく「山城」だが「両角」の純粋な悪意には辿り着くことができないと悟る様子を描写しています。

 

まず、「このギリな人情」は悪意に染まりつつも愛情や思いやりを完全には捨てきれない「山城」の状態を指しており、

 

「生きてる君の~真面目がほしい」で「両角」のような真っすぐ過ぎて危険さえ感じる純粋な悪意に憧れている胸の内を吐露しています。

 

続く歌詞では、「山城」が「両角」に憧れるあまりに、今まで隠していた「上等」な悪意と、必死になって自分の中に作り上げた悪意を貫くことに対する「道理」を他者にぶつけてしまうが、到底「両角」になることはできず「悪足掻き」だったと後悔します。

 

そして、仏に対して「合掌」をする人々のように「両角」へ崇敬の念を強めていく様子が描写されています。

 

「両角」に心酔しきった「山城」は試行錯誤を繰り返しながら、更に深い闇へと飲み込まれていくのです。

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